2006年10月29日

満腹は、平和の素。

そっか! 平和ってみんながお腹がいっぱいだってことなんだ!

今年、(今のところ)最高の作品と出会った。

『トンマッコルへようこそ』


まったく予備知識なしで、TVのCMの情報だけで、映画に臨んだ。
近ごろ、「この作品観たい」と思っても、日々の仕事と生活にかまけて
気づいたらもう終わっていた! ということが多かったんで、
「トンマッコルは初日に行こう」と決めていた。
CMがとても印象的だった。
女の子が空に向かって手を広げていて、カメラが俯瞰からそれをとらえている
そのひとつの場面と音楽にくぎ付けになった。

「ジ、ジブリだ…」


それもそのはず、この作品の音楽を担当したのはジブリ映画には欠かすことができない
久石譲だ。

韓国映画に彼が、なぜ?


とにかく、映画を観てみないとはじまらないと思った。
CMを観て以来、「あと1週間、あと3日、いよいよ明日…」と
自分の中で一日を終えるたびにカウントダウンしていた。
映画の内容は、敢えて白紙の状態で行こうと決めた。
こんなに公開を待ちわびたのは、いつ以来だろう。


時代は、朝鮮戦争のただ中。
え、これって戦争映画だったんだ。
CMの一場面からは、ほのぼのとしたファンタジーの臭いがプンプンしていたから
いきなり意表をつかれた。
プライベートライアン(観てないけどさ)ばりの激しい戦闘シーンが続く。
臨場感と迫力のある映像で、自分もその戦場にいるような感覚に陥る。
知らず知らずに、銃弾を避けるために頭を動かしていた。
その激しい戦場から命からがら逃れてきた人民軍(北)の3人の兵士。
森深い道でしばしの休息をとっているところに
ひとりの少女が風のように現れる。
それが、トンマッコルの住民、ヨイルだ。

物語は、本来は敵同士である人民軍兵士と、韓国軍兵士、そして連合軍のアメリカ大尉が
不思議な村、トンマッコルに迷い込んだことからはじまる。
一発触発、ピリピリと張りつめた空気と、村の住民たちのほのぼのとした雰囲気の対象が
なぜだか笑いを誘う。
村の大切な食料をダメにしてしまったことから、兵士たちは協力して村の収穫を手伝うはめに。

とにかく、争いごとや殺し合いなど、まったく無縁なトンマッコルでは、
生きることは、食べることなのだ。
彼らにとっては、銃は人を殺す道具ではなく、単なる棒きれ。
手榴弾は、黒い芋、みたいなものでしかない。
実際に、それぞれの軍の兵士たちが心を開いていくのも、
食べること抜きには語れない。

人民軍のリ中隊長がトンマッコルの村長に聞く。
「あなたの偉大な指導力は、どこにあるのでしょう?」
すると、村長は当たり前のようにこう答える。

「たくさん食わせることだ」と。


韓国では、6人に1人はこの映画を観たという記録的な大ヒット。
銃撃戦に見られる映像技術のクオリティの高さと、
村での間の抜けたようなゆるい編集方法の対比といい、
その絶妙なバランスが、この作品の「味」となっている。
同じ民族同士が争うという悲惨さを(日本がその悲劇に少なからずとも荷担していることは忘れてはいけない)、トンマッコル村の平和を描くことで浮き彫りにするメッセージ性。
そのメッセージを、観客に「楽しませる」ことで伝えている。
これぞ、映画!
若い監督ながら、その力量に驚く。

どうやらこの監督は、ジブリ映画に傾倒しているらしく、
熱烈に久石譲にラブコールして音楽をつけてもらったようだ。
シーンの切り取り方や、村のディテールなど、ジブリ映画を思わせる要素が満載。

いやぁ、劇場であと2回くらい観ても、泣いちゃうよ。ぜったい。
posted by さとる at 12:57| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月11日

消えたのか、消されたのか。

毎日、毎日、汗水たらして、重い荷物抱えて、働いて、働いて、
1ヶ月なんとか暮らせて、おいしいご飯をたまには食べられる報酬をいただいて、ああ、ありがたや、ありがたや。

そんな小市民には、ちょっと衝撃的でした。

「ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男」

Denkikanのイベントで、映画の後にストーンズ通の在熊タレントのトークショーと、DJイベントと、1ドリンクがセットになって1,800円。

これは、お得じゃないっすか。


そう、小市民はおまけにも弱い。


しかも、その在熊タレントっつうのが、私の友人で
「行くなら、チケットあげますよ」
その一言に、

夕食に、お好み焼きをいそいそと食べに行く。


タダにめっぽう弱い、小市民っす。


夜8時40分開演。
会場にギリギリセーフで滑り込むと、いきなり上映開始。

ストーンズといえば、ミックやキースという
ミーハー的な知識しか持ち合わせていなかった小市民は、
この映画を観て度肝を抜かれる。


「ロックスターって、お金の心配しなくていいんだ!」


ストーンズの立ち上げメンバーである
ブライアン・ジョーンズに焦点があてられて
彼が謎の水死を遂げるまでのお話が、
ぶつ切りつなぎの映像によって、延々と語られる。
ブライアン・ジョーンズの存在はちらりと知ってはいたが、
彼の死やストーンズから抜けた経緯は知らなかった。

それよりも、ドラッグにどっぷり浸かって、
仕事(ライブ)にも参加しないで、
家で酒飲んで、服着替えて、ソファに沈んでいるだけなのに、
ものすごいリッチ。
しかも、家の改築費は事務所が工面しているところを
見せられた日にゃ、小市民の手はブルブルと震えるわけですよ。


「ロックスターになってやる」



物語は、その家の改築工事を頼んだ建築家フランクが
ブライアン・ジョーンズを殺してしまった、という
ラストに向かって、延々とブライアン・ジョーンズの
ダメッぷりが描かれている。
当時は、彼の死は「謎」として扱われていたらしく、
建築家フランクが死ぬ間際にブライアン・ジョーンズを
自分の手で殺した、と告白したことから
真相が明らかになったという。

本当かなぁ…。

映画自体は、まあおもしろかった。
ほぼ実話をもとにつくられているし、
ブライアン・ジョーンズが死んだとされている
プールも本物をロケで使っている。
彼が住んでいた家も、くまのプーさんの作者が住んでいた家だったことも、
小市民の心をくすぐる。

でも、なぜ彼は殺されなければいけなかったのか。
彼が抱えていた問題って、何だったのか。
ストーンズとの他のメンバーとの関わりは?
建築家フランクとの関係は?

いまいち、見えてこなかった。
何だか、もんもんとした黒いかたまりを心に落としていっただけだった。


上映後に、在熊タレントとDenkikanスタッフによるトークショーで
ブライアン・ジョーンズについてなんとなく理解できた。
2時間の映画を観るよりも、わずか10分強のトークショーで
私の中にブライアン・ジョーンズの像がおぼろげながらにできた。

トークショーから映画、という順番だったら良かったかも。
と、思いつつチケットとセットになっていたドリンク(コーラ)も
ちゃっかりいただいて、
DJのまわすレコードを覗いて、満喫した。

タダなのに…。


posted by さとる at 10:57| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月28日

震度7強

自分の中にある「真実」を、人は他人と共有したがる。
自分と違うものを「真実」と信じている人を、受け入れたがらない。
あるいは、その人の「真実」を自分の「真実」に近づけようとする。

だって、真実はひとつしかない。
…そう思いたいものだから。



な〜んて、悶々と考えさせられました。
西川美和監督の第二作目にして、最高傑作と謳われている

「ゆ れ る」


久しぶりにブログ書いたってことは、
久しぶりに映画を観たことっす。いやぁ、この夏は働いたし、遊んだ。
秋の声を聞いたとたん、静かに何かに浸りたいと思っていたところに、
この作品のポスターを目にして、惹かれるように映画館へ。

ほとんど衝動的に、全く予備知識なくして観たわけだけど、
各界から絶賛されているだけあってなかなか見応えがあった。

母親の葬儀で久しぶりに里帰りした弟(オダギリジョー)は、
東京で成功をおさめたバリバリの商業カメラマン。
一方の兄(香川照之)は、家業のガソリンスタンドを継いで
客からのクレームに頭をさげ、家に帰れば家事や父親の世話をする毎日。
そんな二人が、思い出の渓谷に幼なじみの女の子を連れて
遊びに行ったところに、事件は起きる。

今にも朽ちて落ちてしまいそうな吊り橋から、
幼なじみの女の子は川へ転落。死亡してしまう。
その橋の上には、呆然と座り込む兄の姿。
そして、その一部始終を目撃していた弟。

香川照之が見事にまで、誠実さの中にある兄の葛藤や嫉妬を演じている。
その中で、自分が見てしまった「真実」に揺れ動く弟を、
オダギリジョーが好演。まったく食われてなかったのが嬉しかった。
あんな髪ぼっさぼっさで、手入れもしてないようで、
一歩間違えば、単なる汚い人なんだけど、かっこいい。ほれぼれ〜
兄弟という儚くて、濃い絆の中で、微妙な感情の揺れを
仕草やその表情、歩き方、手の動き、すべてに込められて
観ているこっちまで、同調させられる。
目の前にした「真実」でさえ、何度も何度も彼の中で変化していく。
そして、結局はひとつになり得なかった。(と私は思う)
最後まで揺れ動かなかったのは、兄弟であるという「事実」だけ。

ラストの1秒(!)で、
「自分の真実を信じられるのは、自分だけ」とメッセージを
ポーンッと投げられたような気がした。
2時間ちょっとの時間は、ラスト1秒のためにあったもの。
久々に骨のある映画に出会えた。


そうそう。ラストに流れるのは、カリフラワーズの曲。
熊本出身の人がいるんで、よく熊本にライブにきていた。
R&Bのサウンドと、かっこつけない素直な歌詞が、本当にいいっす!
こちらも、おすすめなり。
posted by さとる at 13:38| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

命を大切にしない奴は、私も大嫌いだ!

吾郎ちゃんには荷が重すぎたんじゃない?

SMAPのことじゃないよ、V6にはちょいとは関係するけど。
「ゲド戦記」のこと。
いやぁ、ジブリだから、駿ちゃんの息子だから(?)、
菅原文太だから、って不安ながらも期待せずにはいられなかった
わけなんだけど、観た人の話を聞いてみるとどうも反応は

「いまいち」

それでも、

「駿ちゃんが原案で関わっているし、
不安要素はあっても、なんとかいけるんじゃ」

と、心の中のどっかで思ってた。
だってそう思わせるのが、ジブリってもんでしょ。
今観るべきか、最後までとっとくべきか、
悩んだ挙げ句、「今観とかないと、観られないかもしれない」という
結論になって、土曜のレイトショーに足を運んだ。

土曜だし、レイトショーだし、若者でいっぱいなんだろうなぁ…

そんな心配は、映画館に着いた途端に消えた。

人が、少ない…。

チケットを買うとき、映画館の人は「今日は混雑してますから…」と
言ってたから、きっと館内はギューギューなんだぁと入ってみたら、

ガラガラ…じゃん。

混雑しているのは中央後方の見やすい席だけ。
これで「混雑してる…」と表現するあたり、毎日どれだけガラガラなのか想像するのも容易い。おいおい、大丈夫か。


(映画がはじまる→映画が終わる)


そして、私の不安は現実のものとなった。

原作を読んでいないから何とも言えないけれど、
壮大な物語の全容を見せるために、
端折って、つなげて、2時間にまとめました!
…という印象が拭いきれない。
長い予告編を見せられているような気分だった。

まず、キャラクターが生きていない。つまり、キャラクターの命を大切にしていない。そのキャラクターがその行動をするまでに、どんなバックグラウンドがあったのか、どんな気持ちの揺れがあったのか、何を経験していたのか、その他いろいろ、何にも見えてこない。
全てを説明する必要なんて、これっぽっちもないと思うけど、
セリフひとつにしても、何にしても、それを表現する手段はあったはずだ。
CMで流れる「命を大切にしない奴は、大嫌いだ」だって、
あんな場面で言われてもなぁ…って、正直残念だった。
主役級のキャラ、だけでなく、脇を固めるキャラにも全く魅力を感じない。
キャラクター設定に、非常に迷いを感じた。特に、ハイタカ(ゲド)がもったいない。菅原文太、あれじゃぁ、彼を使った意味がないよ。もったいないお化けが出るよ。あ、古い。

絵も揺れていた。手足の動きに「ん?」と妙な違和感と不自然さがあったし、体のバランスが途中バラバラだったような感じを受けた。色づかいとか、風景の描き方とか「お、さすがジブリ」と思うところもあったけど、全体のバランスがよろしくない。
って、偉そうなこと言ってるけど、ズブの素人にそれを感じさせることが、一番まずいんだと思うんだけど。

日ごろは「うん」とか、「いや」とか、「お腹すいた」とか、生きていく上で必要最低限の言葉しか発しないツレが、「オレは怒った…」からはじまって延々1時間半、「ゲド戦記」の気にくわないところをしゃべりまくっていた。
これはちょっとうざかったけど、奴も私も宮崎駿のアニメを観て、感動して、何らかの影響を受けて育った世代。その気持ち、よぉわかるよ。

はっきり言って、観に行ったことに関しては全く後悔していない。
だけど、新世代ジブリの未来が、ちょいと不安になったぞ。
posted by さとる at 13:07| 熊本 | Comment(2) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月27日

業務報告>映画検定

土曜は毎月恒例の銀幕酒家。
今回は大入り満員で、29名の参加!おおっすげぇ。
ちょいと野暮用があったんで、22時にUP!に行くと
ギューギューに2階に詰め込まれた(失礼っ)人たちが
えらく盛り上がっている。

今回は、スペシャルゲストとして「黄泉がえり」の作者である
梶尾真治先生がいらっしゃってる。
何度かお会いしたことはあったけど、
こんな酒の席でお話するのはもちろん初めて。
先生の映画批評も聞けたし、おいしいイベントの話をいただけたし、
えがった、えがった。

盛り上がった気分そのままで、二次会の会場いつもの「源zo-ne」へ。
ほとんどの人が二次会会場へ流れて、そこでも大盛り上がり。
W杯のことだったり、オーラの話だったり、それぞれのグループで盛り上がった後には、最後にフェチ話に発展。

女は、太股だ! いや、足首だ! いや、二の腕だ!
男は、お尻だ! いや、手だ! いや、肩から腕にかけての筋肉だ!

どうでもいいことで盛り上がれるって、
いやぁ、楽しいことなんだなぁ、ってしみじみ感じた。


そんなこんなで、朝5時!!!


おっといけない、日曜の午前10時からは「映画検定」があるんだった。
…ということで、朝6時のバスに乗り込み福岡へ。

36歳の体には、ひびきます。ハイ。


問題が配られる、答案用紙記入の注意事項がアナウンスされる…
試験なんて学生以来久しぶりのことなんで、
キョロキョロして一人挙動不審。
周りには、60歳くらいのおじいちゃんから、高校生くらいの男の子まで
実に幅広い年代が集まっている。

みんな一様に「映画検定公式問題集」(キネ旬編)を開いて
必死に直前の追い込みをかけている。
キネ旬、儲かっただろうなぁ。何部売れたんだ?

じゃ、私も…
と、恐ろしく美しいままの問題集を開いてみる。

その瞬間、「試験開始○分前です」


仕方ない、ぶっつけで、やっつけるか。


4級の問題は、知っている映画が多かったんでなんとか…
だけど、問題が意地悪だから(当たり前?)

「…この作品の監督の他の作品でないものを以下より選べ」

とか、

「…このランキング(1位から5位まで作品名が並んでいる。1ヶ所空欄がある)は、何のランキングでしょう」

とか。

3級に至っては、

「…この作品はどの戦争を舞台に描かれたものか。同じ戦争を描いた作品を以下より選べ」

とか、

「…スクリーン投影法で古いものの順に並べてあるのはどれか」

とか、わけわからんものばっか。


舐めてました。はい。

結果は惨憺たるもの。ほとんど「女の第六感」を働かせて解いたようなもん。しかも、徹夜あけでその「女の第六感」もお休みモードだったようで。後から問題集を見てみると、まったくカスリもしてなかった。

結果を待たずに、来年こそはリベンジだ。

と、誓った。
どなたかごいっしょに。
posted by さとる at 00:48| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月11日

男振


好みの男のタイプは?


そう聞かれたら、私は一瞬の迷いもなく

「職人!」

と答えていた。これは20歳の頃から一貫した私の「男」論。
はじめは、こういった質問に答えるのが面倒くさかったから、
一言で表せる「言葉」を選んでいたにすぎなかった。
だって、いちいち

背は私より高くて〜
容姿は端正で上品で〜

と自分の理想の「男」を挙げていたらきりがない。
だいたい、そんな理想の男なんて万が一自分の目の前に現れたとしても
飛びつくか? と考えてみても、そうじゃない。

どうしても譲れないもの。幼い頃から憧れているもの。
その芯にあったものが、「職人」だった。


つい先日、テレビを見ていてたぶんニュース番組だったと思うけど
むちゃくちゃ細い注射針の開発に成功した「職人さん」が
紹介されていた。
もう60すぎのおじいちゃんだったけど、かっこいい。
一見ぽっちゃりだけど、腕や肩のラインには均整のとれた筋肉が
ほどよくついている。
機械でつぶしたらしく爪がほとんどない指だって
ごつごつしていて、しなやか。何十年もミクロの世界を研いできた
歴史がシワ一つひとつに刻まれている。
柔和な顔つきだけど、自信に満ちあふれている。

極めつけは、
「今まで失敗とかしたことありますか?」という記者の質問に

「失敗? そんなことしたことねぇよ!」



おおおおおおおおお!かっくいいいいいい!!!!!!!!!
どんなに周りが「無理」と匙を投げていることでも
「絶対に成功させてやる」という意気込みで
不可能を可能にしてきた男のセリフ。

これこそ、男ですよ。男!!!!

NASAからの発注もくるという下町の小さな工場。
日本は、こんな職人の手によって支えられてきたんだと
つくづく実感した。


「男振(おとこぶり)」

という、池波正太郎の名作がある。
この作品も、いわゆる職人を描いたもの。と、私は思っている。
お家騒動に巻き込まれながらも、自分の足で自分の道を見つける
一人の男の生き様が描かれている。
実際に小説のモデルになった人や事件はあるらしいが、
池波正太郎はその種明かしをせず、この作品をひとつの「フィクション」としていきいきと描いている。
病気で若くして禿げ上がった主人公が、
コンプレックスをバネにして強く生きる姿が、かっこいい。惚れる。



年齢とは関係なく、自分は古い女なんだなぁ、と最近思う。


で、何を書きたかったか、ここまできて忘れちまった。
posted by さとる at 16:42| 熊本 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月04日

モナリザの憤り

今から12年ほど前、いやもっと前。
22歳のキャピキャピOLだった私は、
憧れの都、パリへ旅をした。
行く前からそりゃもう、何をしようか、あれを買おうか、
キャピキャピ悩んでは眠れない日々を過ごし、
いざ、出発!
という時には、もうすでに行って帰ってきたくらいの
疲労感を抱えていた。

とにかく、ついてなかった。

成田からの出発便は、途中飛行機のトラブルが見つかり、
急遽、モスクワ(当時はソ連だべ)で足止めをくらう。
冬まっただなか(確か1月だった)の極寒の空港で、
物々しい警備の中、モスクワの空港の目の前にある
ホテルへと案内された。

…ホテルの門衛(?警備員?)が、むちゃくちゃ格好いい!!!!

記念に一緒に写真を撮ってもらう。
むっつりと断られるかと思いきや、
モスクワの人たちはとても陽気で気さくだった。

1日遅れで入ったパリは、曇天だった。
地下鉄に乗れば、小銭をすられるし、
ちょっと奮発してフランス料理を食べに行けば
生牡蠣にあたるし、
タクシーに乗れば、言葉が通じず(英語は無視!)
妙なところに置いていかれるわ、
しまいには一緒に行った友達とプチ喧嘩をして
最後の日は別行動して、迷子になった。

想像では、輝かしいばかりのパリの休日
だったはずが、結構散々な旅だった。


その中でも、美術館はやっぱり素晴らしかった。
個人的にはオルセー美術館が好きだったが、
やっぱりルーブル美術館は荘厳というか、圧倒的な存在感があった。



「ダヴィンチ・コード」

ルーブル美術館がはじめて映画の舞台として使われたと
話題を呼んだが、素晴らしい!美しい!
あのライトアップされたガラスのピラミッドを見た瞬間、
ゾゾゾッと鳥肌がたった。

映画、というと…

ん〜!!ん〜!!ん〜〜〜!!!!


そもそもキリスト教に馴染みのない人には
非常に理解しがたい。
イエスキリストが神の子、とされるのは?
原罪とは?
新約聖書とは? 旧約聖書とは?
教会とは? オプス・ディとは?
何の予備知識がないと、何故この原作が問題視されているかさえも
わからないはずだ。

ま、それをヌキにしても、
せっかくの「謎解き」があまりにも軽く描かれている。
原作では複雑に描かれていた謎解きを、いとも簡単に映画では解いてしまっている。ものすごい急ぎ足で。
ハラハラさせる間もないほど場面が素早く展開する。
そして、あっという間に結末…。


この映画を観る前に、原作を読んでおくべきか、読まずに観るべきか。
迷った挙げ句、急ぎ足で原作を読んで臨んだ。
原作は、途中「ん??」と思うところはあるが、
暗号を解く過程が非常におもしろかった。
映画は、原作を間引いて2時間半にまとめた感じが強い。
映画を観ている間、本をおさらいしているようだった。

ま、話題作だし、いっか。
ということで。
posted by さとる at 23:12| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月29日

初体験。

人と人のつながりって、とっても細い糸のようなもので
乱暴に扱えば、すぐに切れてしまったり、
自分からたぐり寄せなければ、その間は縮まることはない。

何か不意なことで切れてしまっても、
また違う何か不意なことでつながる時もある。

その全てを握っているのは、
他ならない自分自身の想像力なんだと思う。
想像力こそ、相手を思いやる気持ちなんだと…


最近の自分を、プチ反省。


「RENT」

最初の5分間で、号泣してしまった。
こんなのは、はじめての経験。
実は、この「RENT」の予告版を劇場で観ても泣いた。

♪525,600minutes, How do you measure〜♪

とはじまるオープニングの曲。コレに完全にノックアウト。
一年を何で数えるか。笑った数、泣いた数、誰かの死の数…
私は、何で数えるんだろう。考えたこともなかった。

食事の回数かな〜。
一日3食として、一年で1095食。おおっ、食ってるな〜結構。
何を食べるか、誰と食べるか、どこで食べるか…
様々なことを毎回、毎回思い描きながら、
そして実際に食べる瞬間。幸せな時間〜。

1996年にNYで舞台として公開されると同時に爆発的な人気となり、
たった3ヶ月でブロードウエイの大劇場に進出したという、伝説のミュージカル。
その舞台と同じ俳優で、映画として作られたのが今回の「RENT」ってわけだ。

ドラッグ、エイズ、ゲイ…、様々な何かを抱える男女が、
クリスマスからの一年間、NYの街の片隅で肩を寄せ合いながらも、
生きている姿を描いている。こう、短く説明してしまうと味気ない。

印象に残ったのは、ANGELというドラッグクイーンの存在。
仲間の間に張っている細い糸を、しっかりと結びつける彼(女)には、
ひどく心を動かされた。

当たり前のことだけど、出てくる人みんな歌がうますぎる。
ロックをベースにした音楽は、決して全て私の好みではなかったけれど、
歌詞に込められた一人ひとりの心の声にグラリとくる。

2時間半近くの時間が、ちょっと長い気もした。
とてもいい映画だとは思うけど、やはりあれは、生で観るべきもの。

隣に座っていた、粋なおばちゃん二人組が、終わった後に

「こりゃ、舞台ば観たかね〜」

と言っていた。同感です、先輩。
posted by さとる at 00:22| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月28日

表裏一体。

最近思うこと。
敵をつくらなければ、味方は得られない。
誰彼にいい顔して、好かれよう、好かれよう、とすれば
結局は、「いい人だね」って好かれるだけだ。

嫌われることは、愛されることと表裏一体なんじゃないか。

「嫌われ松子の一生」

この映画を観て感じた。


いやぁ、笑った、怒った、哀れんだ、踊った、泣いた。
2時間ちょっとの時間だったけど、いろんな感情を吐きだした。
それもそうだろう。だって、この映画は松子という一人の人が
生まれて、そして死んでいくまで、一生分を凝縮して
描いた映画だもん。

だいたい、小説を原作にしたものって、その世界観を忠実に再現して
失敗するか、エピソード、というか要素だけを抽出して、
独自の世界観で塗り替えて失敗するか、
「オリジナルあるの? 読んでみたい」と思わせるか、
「オリジナルあるの? どうせつまんないでしょ」と思わせるか、
原作のイメージを変えることなく、映画としても完成させてしまうとか、
様々だと思う。
これまで出会った原作有りの映画だと、(私的に)失敗することが
多かったんだけど、この映画は他のどの作品とも違った。

オリジナル読んだけど、どうだっていい。

歌あり、踊りあり、サスペンスあり、笑いあり、
何でもありの極上のエンターテインメントに仕上がっている。

オープニングからぶっ飛んだ。
なんじゃ、こりゃ。映画か、これは?

でも、それもどうだっていい。

映像にも驚いた。
映画というよりも、コマーシャル的な映像美術。
ギラギラしているのに、妙にホコリっぽい。
現実感を排除しながら、妙にリアル。

でも、それもどうだっていい。


自分では到底経験できないような、
それでいてもしかして自分の身にもいつかふりかかってくるかもしれない、
そんな松子の一生を、映画を観る人は一緒に体験する。
…というか、私は体験した。


映画が終わった後、一生分の感情を吐きだしてしまって、
グッタリして家に帰った。
スポーツで(滅多にしないけど)汗をとことんかいて、
その後の疲れのよう。グッタリだけど、スッキリ! みたいな。

もちろん、即パンフレット買い。
もちろん、DVDも買う。

今日は、良く眠れそうだ。
posted by さとる at 17:57| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月14日

金は蜜?

賞味期限をとっくに過ぎた食パンを見つけてしまった。
とっくに、と言っても1ヶ月くらい経っていたなら
私は迷わず(ごめんなさい)とゴミ箱に捨てただろう。

賞味期限:平成18年5月5日

まだ10日しか(?)経っていない。
「もったいない!」

子細に調べてみても、カビなどがはえているところはない。
臭ってみても、ちょっとぱさつきが気になったものの
別に問題はなさそう。
ということで、迷わず食べることにした。

さすがに、ただ焼いて食べるのに勇気がいったので、
砂糖を多めに入れてフレンチトーストを作ってみた。
仕上げに、蜂蜜をかけて、さらに誤魔化してみた。

とても賞味期限を過ぎた食べ物とは思えないほど、
我ながら美味しく仕上がった。
あの賞味期限って、ま、保険のようなもので
参考にはできても、あんまりアテにならないものなんだろうって
自分に言い聞かせた。


賞味期限切れの食パンを発見する前に、
シネプレックスで「ナイロビの蜂」をみにいった。
「City of God」の監督で、レイフ・ファインズ、
そして私が大好きな女優レイチェル・ワイズが出演している作品で、
公開前から、ずっと楽しみにしていた。
ある製薬会社の不正を追っていた妻の死から、
その全貌をあかそうとする夫の、謎解きの映画かと思いきや、
素晴らしいラブ・ストーリーだった。
手持ちカメラを多用して、一種のドキュメンタリーのような
映像で表現している。
自然の雄大さ、美しさと、アフリカの貧困。
この対比が、非常に生々しくもあり、幻想的でもあった。
哀しみの中から、謎をひとつひとつ解き明かすたびに、
妻の深い愛を知ることになるそのプロセスは、
なんとも静かで、激しく、複雑でありながら、純粋な物語となっている。
富と貧、医療と死、金と生、いろんなものを内包させている。

ここんとこ、いい映画と出会う機会が増えてきたように感じた。


posted by さとる at 14:01| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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