2007年05月04日

脆くて、高い、塔。

とある日本国内の空港の免税店で、
レジのお姉さんに韓国語で話しかけられたことがある。
自分が生まれ育った国で、同じ言葉を話す人から、
異国の言葉で話しかけられる。
しかも、何を聞かれているかも理解できない。
本来ならば、彼女とは何の障害もなく意思疎通ができるはずなのに
彼女の「この人は韓国のお客様」という思いこみから、
コミュニケーションの壁にぶち当たってしまった。
当たり前のことが、当たり前でなくなる。
言葉がいかに不自由なものか、たった数秒の出来事で思い知らされたし、
コミュニケーションのすべてを言葉に頼っている自分にも気づかされた。


人間 対 人間、ハート 対 ハート、愛 対 愛の
コミュニケーションには言葉はさほど重要ではないと、
よく言われているし、その通りだとも思いたい。
だけど、言葉に依存しながら生活する毎日からでは
いまいち実感が湧かないのも正直なところ。



「バベル」

話題作がついにやってきた。
菊池凛子(昔の芸名は菊池百合子だと)がアカデミー賞の助演女優賞に
ノミネートしたことから、この映画を待ち望んでいた人も多いことだろう。
私もそのうちの一人。封切り後、すぐにでも観たい作品だった。

舞台は全く接点のない(ように思われる)3つの都市。
モロッコ、アメリカ(メキシコ)、日本。
哀しい出来事が原因で壊れかけた夫婦の絆を取り戻すため、
アメリカからモロッコへやってきた夫婦。
その夫婦の留守中、子どもをみているメキシコ人ベビーシッター。
母を亡くした聾唖の少女と、その父親。
バラバラの都市で、バラバラの人間たち、そしてバラバラになった心が、
モロッコの雄大な自然の中に轟いた一発の銃弾によってつながれる。

激しい音と水の中にいるような静寂、
人工的な光のシャワーと穏やかな自然の表情、
陽気に踊る人々とその後に訪れる孤独。
二面性というか、二極性を随所に配した演出は、
人間の心の様を表現しているのではないだろうか。

この映画では、4言語が画面の中を飛び交う。
英語、アラブ語、スペイン語、日本語、すべてのセリフに字幕がついている。
字幕をなぞって映画を観ていると、おそらくこの映画の「本質」を見逃してしまうのではないかと、映画の途中で気づいた。
言葉が通じない、すなわち想いが通じない、そんなコミュニケーションの危機的状況を、字幕を通してすべて理解しようなんてできることではない。
途中、字幕をできるだけ見ないようにがんばってみた。

数秒ともたない…。
手話で会話している日本のパートでさえも。

たぶん、この映画は、テーマである「コミュニケーションの難しさ」を、観客に問題を投げかけている作品ではないと思う。
観客自らが問題を投げかけることを期待しているのではないかと。


皮肉なシーンもいくつもある。
言葉が通じるはずのモロッコのバスツアーの同乗者とは意思の疎通ができないのに、モロッコの小さな村のおばあちゃんとは言葉を介さずに想いを受け入れあえる。
メキシコに訪れたアメリカ人の子どもたちは、ただ走り回ることで仲間に入ることができる。

破ることが難しい障害と思っていたことが、
実はやすやすとクリアできるものかもしれない。
隔たりのない関係性こそ、危険を孕んでいるものかもしれない。


監督はこの映画について
「人を隔てる壁についての映画を撮りはじめたのに、人と人を結びつけるものについての映画に変わった。つまり、愛と痛みについての映画だ」
と語っている。
posted by さとる at 01:07| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月01日

夢女。

いやぁ、久々にわくわくした。
映画館のシートで足踏みしてしまった。
見おわった後も、しばらく高揚感。

「ドリームガールズ」

基本的に、ミュージカルは苦手分野。
セリフの途中であり得ないタイミングで歌い出す、
あのなんともむず痒い瞬間がどうもね。

でもね。数年前に上映された「CHICAGO」以来
その苦手意識がどんどん薄れているような気がする。
もう、「CHICAGO」との出会いはある意味ショッキングな出来事だった。
現実と空想の心地よい感覚、というか何というか。
ほっと落ち着く間も与えないほどのテンポとか、
見ている間、心が弾む、弾む。
「ミュージカル」ってだけでまったく期待してなかったもんだから、
不意打ちされましたよ。完璧に。
あんなに楽しい2時間はなかった。
そんなもんだから、あの感覚を味わいたいがために
結局映画館に3回も通ってしまった。
クソがつくくらい(あら、ごめんあそばせ)
忙しい時期であったのにかかわらず、
時間を見つけては(というか、ムリにつくっては)
「CHICAGO」を見に映画館に足を運んでいた。


それから何本か、それらしいミュージカルはあったけれど、
「CHICAGO」ほどの胸の高まりはなかった。
何だろうね。何が違うんだろうね。

そんなこんなで「ドリームガールズ」!!!

ブラボーーーーーーー!!!!!!
久々に味わえましたよ。
周りを気にせず、歌を口ずさんだり、
思わず拍手しちゃったり。
ま、周りはいい迷惑だったとは思いますがね。
そんなのはどうだっていいんっす。

ストーリーは、サクセスと友情と愛情と別れと出会いと復活と…
いろいろごっちゃまぜて、GO!
みたいな感じ。わかった?
ま、それはもうどうだっていいんっす。

とにかく、アカデミー賞の助演女優を獲ったジェニファー・ハドソン。
彼女のパワフルな歌いっぷり素晴らしい。
最初のオーディション会場で彼女がはじめて歌った瞬間、
ぞぞおぞぞぞおっと、鳥肌が全身を走った。
しかも、60年代のR&Bサウンドがまたかっこいい。

そして意外と(失礼っ!)エディ・マーフィーがええっ!
歌も踊りもできるのには驚きだけど、
笑いと涙を誘う哀愁たっぷりの男っぷりがええっ!
笑いだけじゃなかったのね、エディ。


なんか自分の思うところを吹き出してしまって、
何を書いてんだかわからんくなってきたけど、
どうだっていいでしょ。そんなこと。


ああああああああ、
おもしろかった。
あと1回は見たい。
posted by さとる at 21:15| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月06日

ドラマは、いらない。

裁判ものって、アメリカのお家芸。

だって、陪審員制でしょ。
一般から無作為に選ばれた人たちが、
被告の有罪か無罪かを決めるわけでしょ。
そりゃ、ドラマチックな展開がいくらでも予想される。

映画を観ていると、弁護人は裁判官ではなく、
陪審員を説得、というか納得させるために
(ほとんど)劇場的に熱弁をふるうわけですよ。
素人さんをいかに感動させて、共感をよんで、いかに説得するか。
その一点に集中する。
陪審員制度になじみもない日本国熊本の片田舎に住まう私にとって、
というか裁判自体のことを何にも知らない私にとって、
なんか、こう嘘っぽいというか、
無理に裁判をドラマ仕立てにしてしまう最近の裁判ものの映画って、
タイトル見ただけでうんざりしていた。


「それでもボクはやってない」

周防監督の11年ぶりの新作。前評判はまずまず良い。
久しぶりに(半年ぶりくらいかな)劇場に映画を観るってことで
「とりあえず観ておこう」的なノリでこの作品を選んだ。
日本の裁判について、ちょっとでも知識を入れておこうと、
北尾トロの裁判傍聴記「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」と、
この映画のもととなった痴漢えん罪事件本人による著書、
「お父さんはやってない」を読んで臨んだ。
この2冊は、日本の裁判を知るのにとてもいい教材。
特に後者は、被告人となった著者が無罪を勝ち取るまでを
本人の視点、家族(奥さん)の視点と、両面から時系列に綴られて
裁判がどのような手順で行われるのか、
それに関わる人(本人はもちろん、家族、支援者)が
どのような気持ちで裁判に臨んでいるのか。
そして、それがどれだけ長い時間が費やされているのか。
日本の裁判システムの問題を浮き彫りにしていた。

殺人でもなく、強盗でもなく、痴漢。
誰の身にも起こりうる事件を取り上げているところがいい。
スクリーンの向こうのお話で終わらず、
身近な題材、余白をもった淡々とした演出によって、
考える余地を与えてくれる。
決してドラマチックな展開があるわけでもない。
わけのわからん言葉を並べて
検事も弁護側も、裁判官も、事務的に裁判を進行しているという印象。
実際の裁判も、あんなもんなんだろうな。
アメリカの裁判ものと違うのは、みんな裁判官の方を向いている。
セリフにもあるのだが、
「裁判は私(裁判官)のもの」
というのがよく理解できた。

そして、加瀬亮。
彼がホントにいい味出している。
飲み会の席で、
「ちょっと悲しそうな永瀬っぽい」
と女の子から指摘されて、
ちょっと調子に乗ってしまうような、
そんなどこにでも居そうな男っぷりがいい。

邦画の興行収益が上がっているそうだけど、納得。
最近の邦画は、ハリウッドものよりも数倍おもしろい。

周防監督は、
「日本の裁判の現実をどうやったら伝えられるか。
 それしか考えてなかった。」
とコメントしているが、この映画は確実にその目的を果たしていると思う。
少なくとも、私にとっては。

posted by さとる at 23:11| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月29日

満腹は、平和の素。

そっか! 平和ってみんながお腹がいっぱいだってことなんだ!

今年、(今のところ)最高の作品と出会った。

『トンマッコルへようこそ』


まったく予備知識なしで、TVのCMの情報だけで、映画に臨んだ。
近ごろ、「この作品観たい」と思っても、日々の仕事と生活にかまけて
気づいたらもう終わっていた! ということが多かったんで、
「トンマッコルは初日に行こう」と決めていた。
CMがとても印象的だった。
女の子が空に向かって手を広げていて、カメラが俯瞰からそれをとらえている
そのひとつの場面と音楽にくぎ付けになった。

「ジ、ジブリだ…」


それもそのはず、この作品の音楽を担当したのはジブリ映画には欠かすことができない
久石譲だ。

韓国映画に彼が、なぜ?


とにかく、映画を観てみないとはじまらないと思った。
CMを観て以来、「あと1週間、あと3日、いよいよ明日…」と
自分の中で一日を終えるたびにカウントダウンしていた。
映画の内容は、敢えて白紙の状態で行こうと決めた。
こんなに公開を待ちわびたのは、いつ以来だろう。


時代は、朝鮮戦争のただ中。
え、これって戦争映画だったんだ。
CMの一場面からは、ほのぼのとしたファンタジーの臭いがプンプンしていたから
いきなり意表をつかれた。
プライベートライアン(観てないけどさ)ばりの激しい戦闘シーンが続く。
臨場感と迫力のある映像で、自分もその戦場にいるような感覚に陥る。
知らず知らずに、銃弾を避けるために頭を動かしていた。
その激しい戦場から命からがら逃れてきた人民軍(北)の3人の兵士。
森深い道でしばしの休息をとっているところに
ひとりの少女が風のように現れる。
それが、トンマッコルの住民、ヨイルだ。

物語は、本来は敵同士である人民軍兵士と、韓国軍兵士、そして連合軍のアメリカ大尉が
不思議な村、トンマッコルに迷い込んだことからはじまる。
一発触発、ピリピリと張りつめた空気と、村の住民たちのほのぼのとした雰囲気の対象が
なぜだか笑いを誘う。
村の大切な食料をダメにしてしまったことから、兵士たちは協力して村の収穫を手伝うはめに。

とにかく、争いごとや殺し合いなど、まったく無縁なトンマッコルでは、
生きることは、食べることなのだ。
彼らにとっては、銃は人を殺す道具ではなく、単なる棒きれ。
手榴弾は、黒い芋、みたいなものでしかない。
実際に、それぞれの軍の兵士たちが心を開いていくのも、
食べること抜きには語れない。

人民軍のリ中隊長がトンマッコルの村長に聞く。
「あなたの偉大な指導力は、どこにあるのでしょう?」
すると、村長は当たり前のようにこう答える。

「たくさん食わせることだ」と。


韓国では、6人に1人はこの映画を観たという記録的な大ヒット。
銃撃戦に見られる映像技術のクオリティの高さと、
村での間の抜けたようなゆるい編集方法の対比といい、
その絶妙なバランスが、この作品の「味」となっている。
同じ民族同士が争うという悲惨さを(日本がその悲劇に少なからずとも荷担していることは忘れてはいけない)、トンマッコル村の平和を描くことで浮き彫りにするメッセージ性。
そのメッセージを、観客に「楽しませる」ことで伝えている。
これぞ、映画!
若い監督ながら、その力量に驚く。

どうやらこの監督は、ジブリ映画に傾倒しているらしく、
熱烈に久石譲にラブコールして音楽をつけてもらったようだ。
シーンの切り取り方や、村のディテールなど、ジブリ映画を思わせる要素が満載。

いやぁ、劇場であと2回くらい観ても、泣いちゃうよ。ぜったい。
posted by さとる at 12:57| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月11日

消えたのか、消されたのか。

毎日、毎日、汗水たらして、重い荷物抱えて、働いて、働いて、
1ヶ月なんとか暮らせて、おいしいご飯をたまには食べられる報酬をいただいて、ああ、ありがたや、ありがたや。

そんな小市民には、ちょっと衝撃的でした。

「ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男」

Denkikanのイベントで、映画の後にストーンズ通の在熊タレントのトークショーと、DJイベントと、1ドリンクがセットになって1,800円。

これは、お得じゃないっすか。


そう、小市民はおまけにも弱い。


しかも、その在熊タレントっつうのが、私の友人で
「行くなら、チケットあげますよ」
その一言に、

夕食に、お好み焼きをいそいそと食べに行く。


タダにめっぽう弱い、小市民っす。


夜8時40分開演。
会場にギリギリセーフで滑り込むと、いきなり上映開始。

ストーンズといえば、ミックやキースという
ミーハー的な知識しか持ち合わせていなかった小市民は、
この映画を観て度肝を抜かれる。


「ロックスターって、お金の心配しなくていいんだ!」


ストーンズの立ち上げメンバーである
ブライアン・ジョーンズに焦点があてられて
彼が謎の水死を遂げるまでのお話が、
ぶつ切りつなぎの映像によって、延々と語られる。
ブライアン・ジョーンズの存在はちらりと知ってはいたが、
彼の死やストーンズから抜けた経緯は知らなかった。

それよりも、ドラッグにどっぷり浸かって、
仕事(ライブ)にも参加しないで、
家で酒飲んで、服着替えて、ソファに沈んでいるだけなのに、
ものすごいリッチ。
しかも、家の改築費は事務所が工面しているところを
見せられた日にゃ、小市民の手はブルブルと震えるわけですよ。


「ロックスターになってやる」



物語は、その家の改築工事を頼んだ建築家フランクが
ブライアン・ジョーンズを殺してしまった、という
ラストに向かって、延々とブライアン・ジョーンズの
ダメッぷりが描かれている。
当時は、彼の死は「謎」として扱われていたらしく、
建築家フランクが死ぬ間際にブライアン・ジョーンズを
自分の手で殺した、と告白したことから
真相が明らかになったという。

本当かなぁ…。

映画自体は、まあおもしろかった。
ほぼ実話をもとにつくられているし、
ブライアン・ジョーンズが死んだとされている
プールも本物をロケで使っている。
彼が住んでいた家も、くまのプーさんの作者が住んでいた家だったことも、
小市民の心をくすぐる。

でも、なぜ彼は殺されなければいけなかったのか。
彼が抱えていた問題って、何だったのか。
ストーンズとの他のメンバーとの関わりは?
建築家フランクとの関係は?

いまいち、見えてこなかった。
何だか、もんもんとした黒いかたまりを心に落としていっただけだった。


上映後に、在熊タレントとDenkikanスタッフによるトークショーで
ブライアン・ジョーンズについてなんとなく理解できた。
2時間の映画を観るよりも、わずか10分強のトークショーで
私の中にブライアン・ジョーンズの像がおぼろげながらにできた。

トークショーから映画、という順番だったら良かったかも。
と、思いつつチケットとセットになっていたドリンク(コーラ)も
ちゃっかりいただいて、
DJのまわすレコードを覗いて、満喫した。

タダなのに…。


posted by さとる at 10:57| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月28日

震度7強

自分の中にある「真実」を、人は他人と共有したがる。
自分と違うものを「真実」と信じている人を、受け入れたがらない。
あるいは、その人の「真実」を自分の「真実」に近づけようとする。

だって、真実はひとつしかない。
…そう思いたいものだから。



な〜んて、悶々と考えさせられました。
西川美和監督の第二作目にして、最高傑作と謳われている

「ゆ れ る」


久しぶりにブログ書いたってことは、
久しぶりに映画を観たことっす。いやぁ、この夏は働いたし、遊んだ。
秋の声を聞いたとたん、静かに何かに浸りたいと思っていたところに、
この作品のポスターを目にして、惹かれるように映画館へ。

ほとんど衝動的に、全く予備知識なくして観たわけだけど、
各界から絶賛されているだけあってなかなか見応えがあった。

母親の葬儀で久しぶりに里帰りした弟(オダギリジョー)は、
東京で成功をおさめたバリバリの商業カメラマン。
一方の兄(香川照之)は、家業のガソリンスタンドを継いで
客からのクレームに頭をさげ、家に帰れば家事や父親の世話をする毎日。
そんな二人が、思い出の渓谷に幼なじみの女の子を連れて
遊びに行ったところに、事件は起きる。

今にも朽ちて落ちてしまいそうな吊り橋から、
幼なじみの女の子は川へ転落。死亡してしまう。
その橋の上には、呆然と座り込む兄の姿。
そして、その一部始終を目撃していた弟。

香川照之が見事にまで、誠実さの中にある兄の葛藤や嫉妬を演じている。
その中で、自分が見てしまった「真実」に揺れ動く弟を、
オダギリジョーが好演。まったく食われてなかったのが嬉しかった。
あんな髪ぼっさぼっさで、手入れもしてないようで、
一歩間違えば、単なる汚い人なんだけど、かっこいい。ほれぼれ〜
兄弟という儚くて、濃い絆の中で、微妙な感情の揺れを
仕草やその表情、歩き方、手の動き、すべてに込められて
観ているこっちまで、同調させられる。
目の前にした「真実」でさえ、何度も何度も彼の中で変化していく。
そして、結局はひとつになり得なかった。(と私は思う)
最後まで揺れ動かなかったのは、兄弟であるという「事実」だけ。

ラストの1秒(!)で、
「自分の真実を信じられるのは、自分だけ」とメッセージを
ポーンッと投げられたような気がした。
2時間ちょっとの時間は、ラスト1秒のためにあったもの。
久々に骨のある映画に出会えた。


そうそう。ラストに流れるのは、カリフラワーズの曲。
熊本出身の人がいるんで、よく熊本にライブにきていた。
R&Bのサウンドと、かっこつけない素直な歌詞が、本当にいいっす!
こちらも、おすすめなり。
posted by さとる at 13:38| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月27日

業務報告>映画検定

土曜は毎月恒例の銀幕酒家。
今回は大入り満員で、29名の参加!おおっすげぇ。
ちょいと野暮用があったんで、22時にUP!に行くと
ギューギューに2階に詰め込まれた(失礼っ)人たちが
えらく盛り上がっている。

今回は、スペシャルゲストとして「黄泉がえり」の作者である
梶尾真治先生がいらっしゃってる。
何度かお会いしたことはあったけど、
こんな酒の席でお話するのはもちろん初めて。
先生の映画批評も聞けたし、おいしいイベントの話をいただけたし、
えがった、えがった。

盛り上がった気分そのままで、二次会の会場いつもの「源zo-ne」へ。
ほとんどの人が二次会会場へ流れて、そこでも大盛り上がり。
W杯のことだったり、オーラの話だったり、それぞれのグループで盛り上がった後には、最後にフェチ話に発展。

女は、太股だ! いや、足首だ! いや、二の腕だ!
男は、お尻だ! いや、手だ! いや、肩から腕にかけての筋肉だ!

どうでもいいことで盛り上がれるって、
いやぁ、楽しいことなんだなぁ、ってしみじみ感じた。


そんなこんなで、朝5時!!!


おっといけない、日曜の午前10時からは「映画検定」があるんだった。
…ということで、朝6時のバスに乗り込み福岡へ。

36歳の体には、ひびきます。ハイ。


問題が配られる、答案用紙記入の注意事項がアナウンスされる…
試験なんて学生以来久しぶりのことなんで、
キョロキョロして一人挙動不審。
周りには、60歳くらいのおじいちゃんから、高校生くらいの男の子まで
実に幅広い年代が集まっている。

みんな一様に「映画検定公式問題集」(キネ旬編)を開いて
必死に直前の追い込みをかけている。
キネ旬、儲かっただろうなぁ。何部売れたんだ?

じゃ、私も…
と、恐ろしく美しいままの問題集を開いてみる。

その瞬間、「試験開始○分前です」


仕方ない、ぶっつけで、やっつけるか。


4級の問題は、知っている映画が多かったんでなんとか…
だけど、問題が意地悪だから(当たり前?)

「…この作品の監督の他の作品でないものを以下より選べ」

とか、

「…このランキング(1位から5位まで作品名が並んでいる。1ヶ所空欄がある)は、何のランキングでしょう」

とか。

3級に至っては、

「…この作品はどの戦争を舞台に描かれたものか。同じ戦争を描いた作品を以下より選べ」

とか、

「…スクリーン投影法で古いものの順に並べてあるのはどれか」

とか、わけわからんものばっか。


舐めてました。はい。

結果は惨憺たるもの。ほとんど「女の第六感」を働かせて解いたようなもん。しかも、徹夜あけでその「女の第六感」もお休みモードだったようで。後から問題集を見てみると、まったくカスリもしてなかった。

結果を待たずに、来年こそはリベンジだ。

と、誓った。
どなたかごいっしょに。
posted by さとる at 00:48| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月04日

モナリザの憤り

今から12年ほど前、いやもっと前。
22歳のキャピキャピOLだった私は、
憧れの都、パリへ旅をした。
行く前からそりゃもう、何をしようか、あれを買おうか、
キャピキャピ悩んでは眠れない日々を過ごし、
いざ、出発!
という時には、もうすでに行って帰ってきたくらいの
疲労感を抱えていた。

とにかく、ついてなかった。

成田からの出発便は、途中飛行機のトラブルが見つかり、
急遽、モスクワ(当時はソ連だべ)で足止めをくらう。
冬まっただなか(確か1月だった)の極寒の空港で、
物々しい警備の中、モスクワの空港の目の前にある
ホテルへと案内された。

…ホテルの門衛(?警備員?)が、むちゃくちゃ格好いい!!!!

記念に一緒に写真を撮ってもらう。
むっつりと断られるかと思いきや、
モスクワの人たちはとても陽気で気さくだった。

1日遅れで入ったパリは、曇天だった。
地下鉄に乗れば、小銭をすられるし、
ちょっと奮発してフランス料理を食べに行けば
生牡蠣にあたるし、
タクシーに乗れば、言葉が通じず(英語は無視!)
妙なところに置いていかれるわ、
しまいには一緒に行った友達とプチ喧嘩をして
最後の日は別行動して、迷子になった。

想像では、輝かしいばかりのパリの休日
だったはずが、結構散々な旅だった。


その中でも、美術館はやっぱり素晴らしかった。
個人的にはオルセー美術館が好きだったが、
やっぱりルーブル美術館は荘厳というか、圧倒的な存在感があった。



「ダヴィンチ・コード」

ルーブル美術館がはじめて映画の舞台として使われたと
話題を呼んだが、素晴らしい!美しい!
あのライトアップされたガラスのピラミッドを見た瞬間、
ゾゾゾッと鳥肌がたった。

映画、というと…

ん〜!!ん〜!!ん〜〜〜!!!!


そもそもキリスト教に馴染みのない人には
非常に理解しがたい。
イエスキリストが神の子、とされるのは?
原罪とは?
新約聖書とは? 旧約聖書とは?
教会とは? オプス・ディとは?
何の予備知識がないと、何故この原作が問題視されているかさえも
わからないはずだ。

ま、それをヌキにしても、
せっかくの「謎解き」があまりにも軽く描かれている。
原作では複雑に描かれていた謎解きを、いとも簡単に映画では解いてしまっている。ものすごい急ぎ足で。
ハラハラさせる間もないほど場面が素早く展開する。
そして、あっという間に結末…。


この映画を観る前に、原作を読んでおくべきか、読まずに観るべきか。
迷った挙げ句、急ぎ足で原作を読んで臨んだ。
原作は、途中「ん??」と思うところはあるが、
暗号を解く過程が非常におもしろかった。
映画は、原作を間引いて2時間半にまとめた感じが強い。
映画を観ている間、本をおさらいしているようだった。

ま、話題作だし、いっか。
ということで。
posted by さとる at 23:12| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月14日

金は蜜?

賞味期限をとっくに過ぎた食パンを見つけてしまった。
とっくに、と言っても1ヶ月くらい経っていたなら
私は迷わず(ごめんなさい)とゴミ箱に捨てただろう。

賞味期限:平成18年5月5日

まだ10日しか(?)経っていない。
「もったいない!」

子細に調べてみても、カビなどがはえているところはない。
臭ってみても、ちょっとぱさつきが気になったものの
別に問題はなさそう。
ということで、迷わず食べることにした。

さすがに、ただ焼いて食べるのに勇気がいったので、
砂糖を多めに入れてフレンチトーストを作ってみた。
仕上げに、蜂蜜をかけて、さらに誤魔化してみた。

とても賞味期限を過ぎた食べ物とは思えないほど、
我ながら美味しく仕上がった。
あの賞味期限って、ま、保険のようなもので
参考にはできても、あんまりアテにならないものなんだろうって
自分に言い聞かせた。


賞味期限切れの食パンを発見する前に、
シネプレックスで「ナイロビの蜂」をみにいった。
「City of God」の監督で、レイフ・ファインズ、
そして私が大好きな女優レイチェル・ワイズが出演している作品で、
公開前から、ずっと楽しみにしていた。
ある製薬会社の不正を追っていた妻の死から、
その全貌をあかそうとする夫の、謎解きの映画かと思いきや、
素晴らしいラブ・ストーリーだった。
手持ちカメラを多用して、一種のドキュメンタリーのような
映像で表現している。
自然の雄大さ、美しさと、アフリカの貧困。
この対比が、非常に生々しくもあり、幻想的でもあった。
哀しみの中から、謎をひとつひとつ解き明かすたびに、
妻の深い愛を知ることになるそのプロセスは、
なんとも静かで、激しく、複雑でありながら、純粋な物語となっている。
富と貧、医療と死、金と生、いろんなものを内包させている。

ここんとこ、いい映画と出会う機会が増えてきたように感じた。


posted by さとる at 14:01| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

ハラゴシラエして観るのだ!

連休最終日。いろいろと多忙だった連休も、
この日だけポツンと空いてしまった。
ゆっくりと、のんびりと、ゴロゴロと過ごすのもよかったんだけど、
なんかもったいない気がした。
朝から雨も降っていたし、どこかに出かけるにも混んでいそうだし、
そんなら、と、
普段よりも早起きして映画を見に行くことにした。

朝ごはん抜きで行ったことを、激しく後悔した。


「かもめ食堂」


フィンランドのヘルシンキで、日本食食堂をオープンした女性と、
そこに出入りする客や、いつのまにかスタッフになっちゃう人たちとの
なんとものほほんとした日常を描いた作品。

特にこれといってドラマチックな展開があるでもなし、
淡々とした世界の中、映画も淡々と進んでいく。

なのに、なぜかおもしろい。
1時間半ちょいの上映時間、飽きることなく、でも淡々と進んでいく。
おもしろい。おいしそう。おかしい。

なんといっても、役者が芸達者ぞろい。
やっぱり猫が好きの三姉妹のうち、小林聡美ともたいまさこ、
そして画面一杯の存在感、片桐はいり。
フィンランド勢からは、アキ・カウリスマキの「過去のない男」が
記憶に新しいマルック・ペルトラ。

そして、おにぎり、豚カツ、唐あげ、鮭の塩焼き、肉じゃがなどなど…
の、今にも湯気がでてきて、ぷぅぅぅぅんと鼻腔を刺激してくれそうな
美味しそうな料理の数々…。

ああ、よだれが…。


上映は、10時から。朝ごはん抜き、昼ごはん直前の空っぽの胃袋は、
画面に出てくるよだれもんの料理たちが出てくるたびに、
暴れまくる、暴れまくる。ぐぅぅぅぅぅ〜。

でも、会場のあちこちで「ぐぅう」「きゅるる」「くぅ〜」と
胃袋が活発に運動する音が聞こえてきてた。
「あ、仲間がいる」
と、妙に一緒の映画を観ているだけの人たちに
親近感を覚えたりして。
そのせいか、声を出して笑ったり、手をたたいて喜んだり、
劇中の人物が何かをしゃべるとそれに声を出して答えたり(これはまいるけど)、
映画同様、なんだか会場も終始和やかなムードだった。



この映画を観にいく予定の方は、
ぜひ上映前に何かを胃袋に入れていくように。

も一回くらい観てもいいなぁ。なんだかなぁ。
posted by さとる at 17:15| 熊本 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月01日

記憶力。

何事においても、人よりも秀でている人は、
記憶力が違う、と思っている。

例えば、料理人であるなら、味を記憶する力。
例えば、大工であるなら、師匠の技を記憶する力。
例えば、歴史小説家であるなら、取材した事を記憶する力。
例えば、映画評論家であるなら、観た映画や他の評論を記憶する力。

記憶したものをもとに、
はじめは模倣し、たゆまぬ努力をもって
それを自分の技として磨きをかける。

私が最も憧れる世界だ。


しかし、私には記憶力がない。
ことにこの前改めて気づかされた。

ケーブルテレビでやっていた「シャイニング」。
スタンリー・キューブリックの名作。
はじめて観た時は、閉ざされた空間で生まれる
あの狂気がなんとも恐ろしく、
恐怖を煽る色使いとカメラアングルに、衝撃を覚えたが…

今回、また改めて観て、自分の記憶力のなさを痛感した。

あれ、子ども、ここで首絞められたっけ?
あれ、ジャックニコルソン、こんなとこに閉じこめられたんだ…

と、これまで2度ほど観た映画だというのに、
なぜかとても新鮮な気持ちで観てしまった。

私の記憶力も問題だけど、
そんな気持ちにさせるキューブリックの演出力が
素晴らしいんだね。

…ということで。
posted by さとる at 14:49| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月11日

現場に急行!

水曜に「風のダドゥ」を試写でみて、
非常に気になる風景があった。
そこは、いわばこの映画の格となっている場所でもあって
何度も何度も出てくるわけだけど、
何日か経っても、その場所のことが気になって気になって
その思いがどんどんつのってきて…。

とうとう我慢できずに、今日行って来ました。

阿蘇は南小国にあるパワースポット、押戸岩。

映画のオープニング、主人公の女の子が倒れていた現場どす。

場所は、大観望から212号線を南小国町方面へ行くこと約10分そこら。
唐傘松から小さな道を左折…。

あ、いつの間にか見逃して通り過ぎてしまいました。

気を取り直して、そこからしばらくそのまま212号線を北上。
トンネルをひとつ抜けて次の信号を、上津江(カメルーン!)方面へ左折。
その道をしばらく走ると、「←マゼノ渓谷」の標識が。
その標識通りに左折し、またしばらく行くと、
Y字路の細い方の道に「押戸岩」の看板があります、あります。

「お…、もうすぐか…」

チ、チ、チ。
ここからが結構長いんです。
川を右手に見ながら、離合不可能な細い道をとにかく直進。
そろそろ諦めかけた頃に、三つ又に分かれた道。
「迷ったら、大きい方の道を行け」
と楽な道を選んじゃいけません。

まずは、真ん中の道に入り、すぐにまた道が分かれているので
そこを左に。プチ悪路を行くのです。

その悪路を、「どうか車がきませんように」と祈りつつ登り切ると
T字路に突き当たり、そこを右折。

すると、突然鬱蒼とした森が開けて、目の前に小高い丘が見えてきます。
そう、ここが押戸岩がある山でございます。

駐車できる広場から、ゆっくり登って10分もしないうちに、
あの、「8/1 約束の日」(映画を見てくださいませ)
どう見ても誰かの手で故意的に並べられたような岩群が見えてきます。



絶景…


360℃パノラマで、阿蘇の尾根が一望できる素晴らしい場所。
まだ枯れ草の色で寂しい季節だったけど、新緑だとそりゃもう…。
地元の言い伝えでは、昔この山の山頂で石をお手玉にして
鬼たちが遊んでいたそうな。
ケルト人の石刻文字ペトログラフが、石に刻まれているとか。
(探したけど、見つけられませぬ)

ネットで調べてみると、ここはパワースポット(パワーを得る場所?)として
有名みたいですね。


山頂でおにぎりを食べて、「風のダドゥ」の主人公のマネして
静かに帰りました。
約30分くらい、そこに居たのは私、たった一人。
posted by さとる at 23:46| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月14日

お猿のプチ反省。

新しい「シネモヤン」第5号がついに完成しました。

「シネモヤン」って何よって話ですよね。
熊本で活動しているCiNe3.(シネキューブって読みます)という団体があって、
私さとるもここに所属しているわけで。
んでもって、「映画文化をもっと熊本に広めよう」ってことで、
毎月飲み会開いたり、合コンしたり、それぞれに映画観たり、
血迷って映画づくりに参加してみたり。
ま、いろんな活動をしているわけです。
そのひとつが、この「シネモヤン」。
つまり、フリーペーパーです。映画を切り口に、好き勝手につくってます。
私さとるは、その「シネモヤン」のお絵描き部隊(といっても一人)で、
メンバーからもらった原稿をもとに、しこしことつくっております。
なんとまぁ、今どき、全部手書きです。

本業は、広告のコピーライターなんで、原稿を書くのが本来のお仕事ですが、
そんな半分趣味でやっているようなものだし、いつもやらないことがしたいっ
てことで、デザインを担当している次第です。はい。

熊本市内のカフェや現代美術館、Denkikanなんかに置かしてもらっとります。
あ、まだできたばかりで置きに行ってないけど。


最近、妙に忙しくて、そうなると現実逃避したい時間ってものが欲しくなって、
んでもって、滅多に更新しないブログへと逃げとります。ふぅ。
心なしか、最近お肌の水分がずいぶんと蒸発しておられてて、
目の回りかさかさ、でもってしわしわ、に変化しつつあります。やばい。
なんとかせねば、ねば、ねば。

posted by さとる at 00:25| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月13日

これは、奇跡だ!

エミール・クストリッツァの新作「ライフ・イズ・ミラクル」を観た。
年末、これが今年最後の映画かも、と思っていた作品が、
今年最高の映画(私的)になってしまった。

「アンダーグラウンド」といい、「黒猫、白猫」といい
今回の「ライフ・イズ・ミラクル」といい、
陽気なお祭り騒ぎの中に見え隠れする、社会の不条理さ。
その中で、健気に生き抜く人たちを通して、「人生って、いいもんよ」という
あっけらかんとしたメッセージが込められている、
ように私は感じる。

どんなことを描いても、どんな方法で描いても、
彼の中にある人間賛歌が、それぞれの作品にいきいきとした生命が吹き込まれている。

理詰めの息苦しい社会派とは、一線を画した監督なんだなぁ。

バカはやるけど、仲間は大切にする。番長的なイメージかなぁ。
違うな…。いや、かすってる。

2時間35分という長さも、全く気にならない。お正月の駅伝中継と似ている。
いや、違うな…。いや、微妙に言い得ている。

とにかく、役者が粒ぞろい。
大食いの猫といい、神経質そうな犬といい、居眠りする鳩といい、
極めつけは哀愁漂うロバといい。
動物に、あれだけの個性と、メッセージ性をもたせられるのは、
エミール・クストリッツァの他に誰もいないに違いない。

映画を観て、久しぶりに(去年のモーターサイクルダイヤリーズ以来)
ブルブルッと震えがきた。涙もちょちょぎれた。笑いももれた。

映画の素晴らしい分析は、CiNe3.のお祭り部長「はやし」のブログにまかせる。
http://cine3.seesaa.net/

posted by さとる at 00:59| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月27日

きもちいいひととき。

今日は、お友達が企画した「お茶の時間」というライブイベントに行ってきた。
全部で4つのバンドが出演。プラス、サプライズゲストが一人。
4時間というスペクタクル級のイベントだったけど、
飽きもせず、まったりと、えらい心地いい時間を過ごせた。

いい音楽には、風景がある。

それぞれ、スタイルもジャンルも曲調も違うけど、
一曲、一曲にこめられた作者の思いとか、
演奏している人の“今”の心のあり方とか、
そういったものが混じり合ってひとつの風景をつくりだす。

今日は、ソングサイクルの「チョコレート」を聴きながら
なぜか中学生の頃、部活の帰り道で泣きながら歩いていた風景を
思い出した。詩にはそういったフレーズはなかったと思うけど、
音を聴いてたら浮かんできた。不思議だなぁ。(ほのぼの)

曲から連想したり、想起された風景を
映像にしたら、おもしろそう。PVではなくってね。
posted by さとる at 00:09| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月22日

復活っ!

…、というわけで、大変ご無沙汰しとりましたが、
そろそろ忘れられそうな勢いなので、ここらでおひとつ。

この前、CiNe3。の単なる飲み会…、いや
コミュニケーションの源泉である集い「銀幕酒家」があった。
その時の会話。(多少の脚色あり)

K(♂26歳)「懐メロって、何すか?」
S(♀35歳)「その人が懐かしいって、感じる曲じゃない?」
K(♂26歳)「じゃ、懐メロとオールディーズって違うんっすよね」
S(♀35歳)「だよねぇ、で、Mちゃんの懐メロって?」


M(♀20歳)「スピッツですかね」





K&S「…………」






ショックです。私の中ではスピッツなんて、比較的「最近の」ものなのに
20歳の子にとっては、それが懐メロに入ってしまうなんて。

私にとっては、
松田聖子とかぁ、キャンディーズとかぁ、ピンクレディとかぁ、…

あ、ま、いいや。
posted by さとる at 19:53| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月27日

スロット部解散

仕事仲間(デザイナー♂25歳、デザイナー♀36歳、私♀35歳)で
スロット部っちゅうものを今年はじめに結成した。

何ヶ月かに一度三人で集まって、パチンコ屋に行く。
ってだけの活動だけどね。

で、今日はその定例会(4ヶ月ぶりくらい)だったんだけど、
みんなトコトン負けて、しょんぼりして帰った。
今回で、5回目(くらい)かな。
1回目から4回目までは、誰かが大勝ちして、負けた人にしゃぶしゃぶをおごる。
って決まりだったけど、今日はみんな不調で、唯一私だけがトントン。
ひどい人は、財布の中が残り千円まで負けちまった。
ま、「勝った人がしゃぶしゃぶをおごる」という決まりを、
しゃぶしゃぶからラーメンにランクを下げて、
トントンだった私が今日はみんなにラーメンをおごったわけです。


…むなしい…


ということで、しばらくスロット部を休部することにした。



それにしても、今日食べたラーメン(煮干しラーメンっつうとこ)は、
熊本のラーメンにしては珍しく、とってもあっさりさっぱり。
ダシがきいてて、なかなか美味。
むなしい帰り道が、ちょっとだけほっこりした。

やっぱり、うまいものは人を幸せにするんだなぁ。と。
posted by さとる at 00:22| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月26日

運命論

35歳にして、運命を信じる乙女です。

いや、運命の人と、運命の出会いをぉぉぉぉぉっ!
ってな大げさなもんではなく、

「今日は何を食べようかなぁ…」
と昼迷ってたりしたりする。
そんな時に、ラジオのDJの与太話で「昨日、うなぎ食ってさぁ」とか
耳に入ったりする。
そんなとき、「今日の昼は、うなぎを食べる運命なのね」。
と、とりあえず近くにうなぎ屋さんを探す。

見つけたうなぎ屋さんは、今まで入ったことのないとこ。
うまいかどうかもわからないけど、
「これが運命だ」と思えば、ためらうことなく入ってしまう。

待ちに待ったうなぎ丼は、たいしたお味でもない。
でも、タラタラ文句なんて言わない。だって、運命だもん。
そこには、お客はわたしひとり。
暇そうな店員さんが、店長さんと世間話で盛り上がっている。
「おいおい、客がいるんだぜ」と、文句は言わない。
だって、運命だもん。

その世間話に耳を傾けていると、店員さんが
「昨日、●●の新曲で●●●●のCD買っちゃったんですよぉ」と。

おっ!

それって、その1週間くらい前に友達と
「●●の新曲って、何てタイトルだっけぇ〜」と
話題にのぼって、結局解決しなかった曲名じゃないっすか。
そう、私はこの曲のタイトルを聞くために
うなぎ屋に導かれていたんだなぁ、と。そこでまた運命を感じる。



実は、これはつくり話でも何でもなくて、本当にあったこと。

ま、それはどうでもいいんですがね。
ここから本題。
「運命じゃない人」を観てきたんですよ。内田けんじ監督の。
ぴあフィルムフェスティバルのスカラーシップで撮ったという
(たぶん)話題作。
役者は、失礼ながら超有名どころは出ておりませぬ。
ジェームス三木の息子さんが出てるくらいかな。(あ、加山雄三の息子さんではなかったです)

5人の主人公の約1日を描いた群像劇ってやつだけど、
これが、これが、むっちゃくちゃおもしろいっ!
群像劇って、「この人があの人の恋人で、で、この人はライバルで…」って
人物の相関を把握するのに一苦労することが多いけど、
コレはシンプルな頭脳をもった私でも楽しめた!
脚本が絶妙で、時間をズラした編集のやり方や、絶妙な5人の絡み具合が最高っ!
途中から、グイグイと引きこまれて、しまいにゃ声出して笑ってました。
そんな人は、映画館で私ひとりでしたが。

も一回、行ってもいいなぁ。
posted by さとる at 11:25| 熊本 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月21日

愛のレポート

愛について考える。
実は、私には同居人がひとりいて、
ま、世間でいう同棲生活(古っ!)ってやつですな。
ちょうど1年ほど前、ダーリン(おえっぽ)が仕事を辞めて
「節約のため」ということで私の家に転がりこんできた。
半年間ほど無職でたまにバイトして生活するダーリン(うえっ)から
「家賃半分払って!」とはとても言えず、
めでたく就職した後も「ある時に生活費をもらう」程度で
結構なぁなぁになってる。
そのかわりと言ってはなんなんだけど、
どちらかといえば時間的に余裕があるダーリン(ぐぐっ)には、
洗濯、炊事、食器洗い、風呂掃除、ゴミ出しをやってもらってる。
あ、家事のほとんどだぁね。

今、この瞬間もパソコンで遊んでる私の隣で、
ダーリン(おげっ)パンツ一丁になって洗濯物を美しくたたんでいる。
感謝、感謝。


一緒に暮らしはじめて、最初のうちこそ遠慮とかあったものの、
そんな遠慮みたいなもんがあったら、ストレスが溜まる一方だってことを
早いうちに気づいた。
体にも悪いってことにも気づいた。

あ、何の話かというと「おなら」ですよ。おなら。

・おならは、極力我慢する

・トイレやお風呂で、そっとおならする

・ダーリンの前でも、音無しのおならをする

・おならが出る前に、告知する

・告知した上で、音のあるおならをする

・いきなり、ブッとおならをする

・寝ている時に、おならをする


日をおうごとに、見事に進化したもんだ。
以前は、男の人の前でおならするなんて、
とんでもないこと!
女友達の前でも、こっぱずかしいもの。

だったのに…

いやぁ、慣れっていうのは、こわいもんですな。


そういえば、「愛についてのキンゼイレポート」って
今、熊本で上映されてるんだよね。
見に行かなきゃ。

posted by さとる at 00:46| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月20日

さぼり癖

は、なかなか治りませぬ。

映画を観た後に、その作品に対する自分の思いというか、
お気に入りの度合いを測るのに、

■DVD級
■サントラ級
■パンフレット級
■劇場級
■レンタル級
■チラシ級

という独自の基準がある。ま、誰にでもあるんだろうから、
ここで偉そうに言うもんじゃないとは思いますがね。
ま、ネタとして。

見てもらえばわかると思うけど、
上から順に値段がだんだん低くなるわけです。
そう、自分が汗水たらして、時に肌の老化もかえりみず、
働いて得たお金なんで、どれくらい投資するかで
その映画に対する思いっていうのがあるわけですよ。

劇場級よりも上は、劇場で払う料金とセットにはなっているから
ひとつの映画に対して、かなりの額を支払う結果になる。

娯楽費ほど、生活を圧迫するものはないし、
娯楽費ほど、使って満足を得るものはない。
死活問題に関わることだから(大げさではないっす)
劇場級よりも上に位置するものって、こちらの目もシビアになる。

ま、シビアっていっても、どれくらい感動できたか、
その感動にどれくらいの対価をつけるかってだけなんだけど。


最近のDVD級は、「ディープブルー」と「ヴェルビルランデヴー」。
特に「ディープブルー」は、DVDを買って、さらに感動を得た。
メーキングがおもしろい。
製作スタッフが、どれだけの時間をかけて撮ったのか、
その映像をより感動的なものにするのに、どうやって音楽をつくったのか。
製作期間7年!小学校1年生が、中学生になる時間でっせ。
途方もない時間を、2時間弱の映像をつくるために費やすって、
私の小さな想像の域を超えている。

自分に置き換えて、
ひとつのパンフレットを7年の年月をかけてできるか?
いや、できない。し、比較する次元じゃないね。
posted by さとる at 11:19| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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