2007年07月05日

連鎖か、螺旋か。

天の邪鬼なもんで、「いま、流行ってます!」とか「これが、熱い!」とか、
そういううたい文句が入った瞬間に引いちゃう。
ちょうどこの映画が上映されていた頃は、沢尻エリカブームまっただ中。
目の端では気にしてはいても、どうしても真っ向から立ち向かう勇気はなく、
上映期間中に行きたいなぁ、と思いつつも
「いや、流行もんに乗っちゃいかん」と変な意地が邪魔してスルーしてた。

あああああーーーー、映画館で観たかった!
妙なこだわりはやめよう、と心に誓った作品。

『手紙』

もう、ほぼ最初っから最後まで泣きっぱなし。
エンドロールでは、真夜中にもかかわらず(午前3時半)声を出して号泣。
かなり胸に響く作品だった。

加害者家族の世の中から受ける「差別」というものがテーマ。
早くに両親を亡くして、ふたりで肩を寄せ合うようにして生きてきた兄弟。
兄は、弟に大学進学の夢を叶えさせてあげたい一心で身を粉にして働いている。
一方弟は、その兄の期待に応えたい一心で受験勉強に励んでいる。
そのうち、兄は腰を痛めて仕事ができなくなり、
弟の進学のために「空き巣強盗」を企てるが、
その最中に住人が帰ってきて、結果的に「強盗殺人」の罪を負うことになる。
社会から「加害者の家族」というレッテルを貼られ、
大学進学をあきらめ、就職する先々、転居する先々で受ける「差別」から
逃れるように暮らすようになった弟。
お笑い芸人になる夢をめざして踏み出そうとするが…。

というストーリー。
塀の中の兄と、「差別」から逃れるように社会で暮らす弟。
そのふたりをつないでいるのが、手紙だ。
「差別」について語るのは、本当に難しいと思う。
する側、される側の境界線は極めてあいまいだと思うし、
それが悪か善かとわけることも、私にはできない。
よく「差別のない社会をめざそう」とかいわれるけれど、
そんな社会の実現は不可能なことだ。
ある意味、「差別」は自己防衛本能から生まれるものだと思うし、
多少なりとも利害関係が働く社会で生きている以上
どんな形であれ「差別」はあるものだ。

この作品の中で、特に印象に残っているのが、
弟が働く家電量販店(K's電機だった)の会長が弟に言った言葉。

「差別は、ある」

加害者家族であることが会社に知られ、営業から工場へ移動を命じられた弟を
たぶん激励するための言葉だと思う。
「差別は、ある」そう認めてからこそ、新しい一歩を踏み出せるか、
目を背けて逃げたままでいいのか、考えられるもの。
映画では、その会長は片足を引きずりながら歩いていた。
きっと、彼も「差別」を受け、それを受け止め、認めてきたからこそ、
言えた言葉なんじゃないか、と思った。
言葉だけを抽出してみると、打ちひしがれている人に対して
ひどく冷たいような印象をもつかもしれないけれど。


いろんなことを考えさせられた映画だった。
監督は、金八先生の演出をしていた人。どうりで泣かせる演出がうまいはずだ。
兄役は玉山鉄二、弟は山田孝之。
ふたりの体をはった演技には驚かされた。
特に、玉山鉄二。
『逆境ナイン』と同一人物とは(失礼!)思えないほど、
静かで、激しく、とても切ない兄の心情を見事に演じきっていた。
今までほとんど眼中になかった彼だけど、今後「注目の役者」リストに入れたい。

たぶん、ここ数ヶ月、何回か繰り返して観ると思う。
東野圭吾の原作も、読まないと。
posted by さとる at 19:27| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ビデオ・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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