2006年04月24日

Vの復讐。

明治維新の立て役者となったかの西郷隆盛は、
「焦土と化したところにこそ、新しい世界は生まれる」という考えの持ち主だったらしい。その時代の日本をすっかり“破壊”して、無の状態から新しい世界が築かれるというのだ。
結局は、坂本竜馬の働きかけにより、多少の犠牲はともなったものの明治という新しい世界は幕をあけた。

近未来の官僚独裁政治の恐怖と、復讐に燃えるある男“V”を描いた「V フォー・ヴェンデッタ」を観た後、このことを思い出した。
映画の幕開けは、“V”による破壊だ。
なんとも不気味なお面を被った“V”が、過去に非人道的扱いを受けた相手に復讐する話を主軸としているのだが、これが単なる復讐劇ではないことが映画のオープニングですぐに明らかになる。
1980年代に描かれたコミックを原作にしているが、その時代に描かれたとは思えないくらい、現在の社会と符合する。
…って、映画制作は現代に生きる人だから当たり前か。
オリジナルは読んでいないが、ウォシャウスキー兄弟(マトリックスね)は独自の世界観を織り交ぜながら、進化させているらしい。

監督はこの作品のことを「一言でくくれば、政治色の強いスリラー」と言っている。なるほど、そういう色は強い。だけど、私は「崇高なラブストーリー」だと感じた。観る人によって、きっと感じ方は変わるだろう。


ラストの“解放”には、震えがきた。
posted by さとる at 00:56| 熊本 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月22日

ヒミコの館へ、ようこそ。

最近、夜更かし続きで、お肌がカサカサ。
不規則な生活、食事がそのままお肌にダイレクトに出るようになると
ああ、私も歳をとったなぁ、とつくづく思ってしまう今日この頃。
みなさん、ちゃんと睡眠とってますか?(きつ○風)

今日のお肌の原因をつくったのは、
昨日寝る前に観た「メゾン・ド・ヒミコ」。

オダギリジョーと柴咲コウ主演の、ラブストーリー?
…と思いきや。
オカマだけの老人ホームのお話。オダギリジョーは、
その館の主の、オ・ト・コ!で、柴咲はその主の娘。
金目当てで週に一度、その老人ホームのお手伝いをすることになった
柴咲と入居者たちとの、何とも不思議な日常を描いた作品。
全く予備知識無しで観はじめたもんだから、

「これは、意外に掘り出し物?」

と、最初は思ったが、別にそうじゃなかったようです。はい。
とにかく、登場人物の描き方が雑。
衣裳とか、部屋の装飾とか、すごい凝ってておもしろいんだけど
その中に居る人間が、すごい平坦でつまらない。
いや、この人はこういう性格で、こういう人生を背負った人なんですよ。
的な描き方を一生懸命やっているようなんだけど、
どうしてもそれが人間の深みというか、おもしろみというか、
そんなものが感じられない。
あ、例のごとく、途中20分ほど爆睡してたから
いいところを見逃してしまっているのかもしれんけど
最後の最後まで、

「…で、何?」

という気持ちが離れなかった。

映画を観ているっちゅうのに、

「望月峯太郎の『万祝』を映画化するんだったら、カトーはオダギリだな」

と、ずっと考えてた。関係ないけど。
posted by さとる at 12:40| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ビデオ・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月21日

ルパン三世念力珍作戦

次回のシネモヤンの特集をつくるため、
「ルパン三世念力珍作戦」っつうモンキー・パンチ原作の漫画を
大胆にも実写化した作品を観た。

ルパンに目黒祐樹、次元に田中邦衛、そしてとっつあんこと銭形警部には伊東四郎。そのタイトルのように、まさしく「珍」作だ。

漫画(特に名作と言われる作品)を実写化すると、
どうしても、B級、珍品、ギャグっぽくなるのは必至。
「カリオストロの城」なんて、後世に語り継がれるほどの
名作に仕上がっているっていうのにね。
あ、宮崎駿の力か。

夜中の2時から観たので、後半は爆睡モードでよく覚えていないが、
アニメの軽やかに、相手を騙してかわすルパンとは
うってかわって! なんとも情けない重い身のこなしのルパンが
同情さえも誘ってしまう。

とは言っても、珍作ながらも、楽しめる要素はてんこもり。
あんなB級を、堂々とみせられると、その潔さに思わず拍手を贈りたくなる。

「なんかいい時代だよなぁ」

と、しみじみした気分にもさせられた。
どっから見ても、田中邦衛でしかない次元や、
今にも「ニンッ」とオリジナルギャグをかませそうな伊東四郎が
すんごいいい味出してる。

ちょいと残念なのは、不二子ちゃんのお色気度が足りないってことかなぁ。

シスターの格好をして現れる女殺し屋集団のシーンは、
腹抱えて笑ってしまった。

いやぁ、明日もう一度観てみようっと。
posted by さとる at 11:34| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ビデオ・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月16日

ある朝、突然に。

映画らしい、映画。
といえば、私の中ではミュージカルなんだな。
ただ最近までは、ミュージカルはどちらかと言えば苦手なジャンルだった。
道を歩きながら突然主人公が歌い出したり
その光景を当然のように受け入れる通行人がいたり
明らかに悲しむべきシーンで、足もとはステップを踏んでいたり

「あり得ない」ことの連続。

その非日常的描き方が、映画らしい映画であるわけですが。

その私のミュージカルに対する苦手意識を
一気に変えた作品がある。

それが、「CHICAGO」。

愛人を殺したダンサー志望の女が、
あれよあれよと新聞を賑わすほどの人気者にのしあがっていく話。
(ごめんなさい。映画の説明って苦手だす)
女同士の嫉妬や、人生の転落、何だって利用する野心と、
人間のドロドロした部分を、歌と踊りであっけらかんと描く
その演出にノックアウトされた。

とにかく、楽しい。

大画面で観られるだけ観てやろうと、映画館に3回ほど通ったあげく、
DVDも買ってしまった。
ひとつひとつの場面が、なんとも華やかで
今でも観るたびにワクワクする。


そんなわけで、今、劇場で公開されている「プロデューサーズ」も
大いに期待をしていた。

…が、ん〜いまいちワクワクしないなぁ。
ストーリーは、かなりおもしろい。
売れない舞台をつくれば、儲ける!というからくりに気づいた
プロデューサーが計理士が組んで
くだらない脚本、ダメな演出家、どうしようもないキャストを
探し回って、さあ公演!ってな話。筋だけ追えば、すごい笑えるネタだ。
ま、ところどころに、笑いどころはある。
ゲイの演出家ファミリーの場面は、プッ、とか、クスッ、とか
映画館のところどころで笑いがおこっていた。
…が、ミュージカルとして、いまいち華が足りない。
話の中心にいるのが男(ゲイも含む)ばかりだから
その点はしょうがないのかもしれないが、
どことなく、「映画だから…」と上手にまとめた感がある。

これ、舞台で観たらおもしろいんだろうね。
posted by さとる at 02:00| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月01日

記憶力。

何事においても、人よりも秀でている人は、
記憶力が違う、と思っている。

例えば、料理人であるなら、味を記憶する力。
例えば、大工であるなら、師匠の技を記憶する力。
例えば、歴史小説家であるなら、取材した事を記憶する力。
例えば、映画評論家であるなら、観た映画や他の評論を記憶する力。

記憶したものをもとに、
はじめは模倣し、たゆまぬ努力をもって
それを自分の技として磨きをかける。

私が最も憧れる世界だ。


しかし、私には記憶力がない。
ことにこの前改めて気づかされた。

ケーブルテレビでやっていた「シャイニング」。
スタンリー・キューブリックの名作。
はじめて観た時は、閉ざされた空間で生まれる
あの狂気がなんとも恐ろしく、
恐怖を煽る色使いとカメラアングルに、衝撃を覚えたが…

今回、また改めて観て、自分の記憶力のなさを痛感した。

あれ、子ども、ここで首絞められたっけ?
あれ、ジャックニコルソン、こんなとこに閉じこめられたんだ…

と、これまで2度ほど観た映画だというのに、
なぜかとても新鮮な気持ちで観てしまった。

私の記憶力も問題だけど、
そんな気持ちにさせるキューブリックの演出力が
素晴らしいんだね。

…ということで。
posted by さとる at 14:49| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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